嫌いだった交通取り締まり
私は白バイ隊員になりたくて警察官になった
学生のうちに大型二輪免許も取って、もちろん大型バイクも所有して
警察官になってから人一倍取り締まりに精を出し、実績と技術が認められて、晴れて白バイ隊員になることができた
でも、正直なところ交通取り締まりは嫌いだった
違反者からはさんざん文句を言われ、時には苦情や抗議に発展し、ストレスは溜まる一方
白バイ隊員になれば、取り締まりもしやすくなるだろう
と思っていたけど、そんなことはなかった
苦情や抗議は絶えず、誰からも感謝されることもない
しばらくして、そんな悶々とした日常をぶち壊す事件が起きた
重点取り締まり
ある日、県道沿いの保育園の園長先生から
保育園前の県道は、国道の抜け道になっていて、朝には通勤する車が猛スピードで走っている
道は狭く、登校する小学生が通行する歩道にはガードレールもない
スピード違反の取り締まりをしてほしい
との要望があった
そして、所轄の警察署と合同で速度違反の取り締まりをすることになった
そこで判明したのは、保育園児を送迎する親御さんの車の交通違反が意外と多いということ
急いでいるのか、速度超過、一時停止も止まらない、チャイルドシートも付けていない車もあった
そこで、同時に一般車両の取り締まりも行うことにした
同所で取り締まりを始めて半年が過ぎた頃、園長先生から連絡が入った
「最近取り締まりを受けた保護者から、厳しすぎるとの苦情が増えて対応に困っている」
「取り締まりが始まって一定期間過ぎたから、取り締まりを止めてほしい」
とのこと
保育園の敷地を使用させてもらっていたので、協力が得られない以上、このまま取り締まりを継続することはできない
組織の決定とはいえ、私はこのときの事を、激しく後悔することになる
起きてはならない死亡事故
保育園の付近での取り締まりを止めてから、1年ほど経ったある朝のこと
保育園付近の交差点で、一時停止を無視した乗用車が他の車と事故を起こし、人身事故が起きた
この事故で、乗用車に乗っていた保育園児が車外へ放り出され、命を落とした
一時停止を無視した運転手は、保育園に子供を送り届ける途中の母親だった
運転手いわく
「前に警察がこの道で取り締まりをしていた事を知っていた」
「ここ最近、警察の姿を見ることがなくなり油断していた」
「車にチャイルドシートは付いているけど、子供を送ってすぐに会社へ行かないといけなくて、ベルトは締めていなかった」
と泣き崩れた
悔恨
保育園付近での取り締まりを止めてしまったため、死亡事故という最悪の結果がおきてしまった
あのとき、断続的でも取り締まりを継続していたならば、この運転手も
「警察が取り締まりしているから、チャイルドシートを締めよう、一時停止で止まろう」
と思ったはず
病院では変わり果てた我が子を抱きしめ、泣き崩れる家族
もう元に戻ることはない
仏教では
「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる」
と説かれる
朝まで元気だった我が子が、まもなく変わり果てた姿となる
私は警察官でありながら、死亡事故の発生を防げず、結果、一人の子供の命を守れなかった
自分一人だけでも取り締まりを続けていれば、きっとこの子も死なずに済んだに違いない
親のちょっとした気の緩みがなければ、この子にも輝く未来があったはずだ
この子に非がなくとも、いとも簡単に命を奪われる
誓い
取り締まりの目的は、事故を１つでも減らし、人命を守ることにある
取り締まりは警察にしか出来ない仕事
私は亡くなった子に誓った
今日から一人でも多くの命を守るために覚悟を決める
運転手から恨まれようとも何を言われようとも取り締まりは止めない
感謝などされなくても、命が救われる人がいるならそれでいい
私は今日も通学路に立っている
チャイルドシート装着義務違反に文句を言う違反者に、点数切符を手渡す
敬礼して見送る際、同乗の幼児は無邪気に笑顔で手を振ってくれる
今でも心折れそうになることはあるけど、こんなとき気持ちを新たにする
「みんなが交通事故に遭わないように、お巡りさんが守ってあげるからね」
注:これは一部フィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ございません
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