葬儀、法事は坊主の金儲けに過ぎない

仏教とは

仏教とは、言わずもがな、紀元前にインドの釈迦が開いた宗教です

世界の三大宗教の1つとされ、こと日本では飛鳥時代から仏教が根付いてきました

しかし、時の為政者や坊主の解釈により曲解され、長い時の流れのなか、いつしか伝統・通例として誤解がまかり通っていることを知らねばなりません

仏教とは釈迦の説法を書き纏めた一切をさします

これは生きている人に向けて説いたものであり、聞く耳を持たない死者に説いたものではありません

仏教の開祖・釈迦の解説

釈迦が在世中、「お経あげると、死者が浮かばれる」という迷信が流行りました

それに対し、釈迦が解説する場面がお経の中に記されています

釈迦は路傍の石を手に取り、その石を池に放り投げ皆に問います

「私が池の回りを回りながら「石よ浮かび上がれ、石よ浮かび上がれ」と唱えて石が浮かび上がると思うか」

皆が言葉に窮していると、釈迦は加えて

「石は自らの重みにより池に沈んでいったのだ」

と答えています

お経は呪文やまじないでも、死者のご馳走でもないのです

浄土真宗の開祖・親鸞の解説

日本で1番多く葬儀法要が行われる浄土真宗

その開祖は日本史でもお馴染みの親鸞です

この親鸞という人、自身の臨終に際し、こう宣言しています

「親鸞閉眼せば、賀茂河に入れて魚に与うべし」(改邪鈔)

浄土真宗の開祖がこのように言っているのです

葬儀や火葬、法要をするのであればこのようなことは言わないでしょう

葬儀、法要の仏教的根拠はない

仏教は聞くものです

人の死で金儲けするものではありません

気になる人は、坊主に葬儀や法要の根拠があるのか聞いてみるとよいでしょう

回答に窮して、「伝統だから、皆やっているから」としか返せないでしょう

しかし、根拠がないからといって先祖を疎かにしていいものではありません

先祖の供養、儀式として葬儀・法要の機会を持つのは意味があることだと思います

ただ、坊主の言いなりになってはいけません

1番は、先祖を思いご自身が真っ当に生きることではないでしょうか

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